四谷の朝は賑やかだ。JR中央線と総武線、営団の二路線が乗り入れる四谷駅のせいで、通勤の人々をはじめ大学や語学学校の学生、それに名門小学校の児童達が絶えず四谷見附交差点を埋め尽くす。幹線道の新宿通に外堀通りが交わるので、車も相当量である。
あまりイメージされていないが四谷は基本的に住宅地だ。だから前述の人々に加え、この街の住人も一緒に動き出す。二つの大通りを一歩内側に入り込めば、普通の小学校に通う児童に保育園へ子供を送る親たち、店支度をはじめたスーパーの店員や、タバコや飲料の自販機に商品を補充する老いた看板娘や息子達。年中半袖姿で走り回る宅配便のお兄さんやおじさん達も加わり、まさに江戸の中心地に恥じない活況がある。新宿通りに面した長期滞在型ホテルから早々に観光に繰り出す外国人が加われば、インテルナッツィオナーレなコスモポリスの様相を見せる。
お気に入りのコーヒーショップの二階から、外堀の樹々の変化を背景にそんな人々を眺めていると、この街に暮らす豊かさが身にしみる。都心だというのに目の前を覆い尽くす一面の新緑があり、時折その中を駆け抜ける黄色やオレンジ色の電車の姿もどこか長閑だ。片側三車線のゆったりした道には車が滞ることもなく、緑のトンネルを通過する人々も駆ける者がいるかと思えば一歩一歩を踏みしめながら行く者もある。ニューヨークやパリ、そして丸の内や新宿の朝のような完璧に制御されたリズムとは異なり、人と人とのあいだに充分な空間が存在しのんびりと今を生きる姿がある。
地名の由来であろう四つの谷が正確に何処を示すのかは定かではないが、最も高台に位置する見附の交差点からそれぞれの収り所に向かって、適度に人々が分散されて消えていく。景色がまったり動いている。それだけでも贅沢だ。
しかし、四谷の朝が最高に贅沢なのは、言わずもがな週末だ。駅の向こう側は過疎化が進んでネズミ一匹見あたらないが、未だちゃんとした住宅地の四谷では、人の数が減った分だけ広がった我が街が返ってくる。口笛なんか吹きながら歩いていく。自転車だって飛んでいく。犬も老人も駆けていく。子供の歓声が空に登っていく。豊かである。
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