好奇心を支えるのは想像力だ。
それも、限りない、いや、絶え間ない、いや、継続する、いや、跳ねる、・・・・。
絶え間なく継続し続ける飛び跳ねる想像力だ。
言ってみれば流体性想像力だ。
流体性想像力は、流体であるにも関わらず、時にジャンプする。
人間の場合はジャンプが必要だ。
アインシュタインもジャンプしたが、継続させる事ができたから流体の性質を失わなかった。
どうやらポアンカレ予想を解いたグレゴリー・ペレルマンは、時々ジャンプすることを忘れてしまったから自分を失ってしまった。だから、世界から自分を消した。
それはそうだ。人は器には閉じこめられていないが、存在に閉じこめられているので、時々解放されることが必要だ。それを、ここではジャンプと呼ぶ。
飛び上がって地面から離れ間は、少しだけ存在から解放されることができるのだ。
そうでなかったから、ペレルマンや彼には届かなかった何人かの数学者は破壊してしまった。
アインシュタインは、舌なんか出しながら時々ジャンプして理論を完結させることができた。もちろん、流体の性質も維持できたからだ。
アインシュタインやペレルマンは、言わば領域の頂点だが、決して頂点に立つことのない凡庸な我々にも流体性想像力が必要だ。
それがあれば、唯のアラフィーや、唯の格好付け爺や、唯の頑固オヤジや、唯の負け犬にならずに、きっと就活も婚活も、子や孫や配偶者や上司のあしらいも上手くいく。
つまり、・・・・。
だめだ。
もう少しだったが、ランディングを考え始めた。
まだ、漂いがたりない。
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