2007-10-20

とまどうペンギン

ホームの端に設置された喫煙コーナーの周囲には、早朝の新幹線のドアが開くのを待つ出張のサラリーマン達が越冬の皇帝ペンギンさながらに群れている。皇帝ペンギンほど愛らしくも微笑ましくも見えないのは、彼らの表情に生死を賭けた必死さも愛する者との再会を切望する哀愁の交じった幸福感も浮かんでいないことだ。命を賭して卵を守る父親の俯き加減の顔には、混迷した政局の打開に苦悩するこの国の政治的責任者よりはるかに切実な生命に対する責任の重さを伺うことができるし、わずかに肩が丸められていても決して揺るぐことのない背筋には挫折を繰り返しながらも諦めることを知らない孤独な地球環境学者の信念を彷彿させるものがある。

ホーム端の階段を登り終えた外国人観光客数名が、その場に立ち止まり笑みを浮かべた。その内の一人が昨日秋葉原で購入したばかりのパナソニック製のデジカメを引っ張り出し、シャッターボタンの位置を確認しながら狙いをつける。ツァイスのレンズが向けられた先には、毛並み悪い鼠色した動物の群が、集団の中央から狼煙のような煙をもうもうと立ち上らせている。今日一日をなんとかやり過ごすことのみを願う脆弱な精神と、一時ではあるにせよこの世で最も恐ろしげな顔を持つ配偶者から遠ざかることこそが現実的な唯一の幸福であるとの矮小な哲学を信望する、決して皇帝に登り詰めることのできない種族の生き物達。

外国人観光客は一度シャッターを切ったのち、カメラの角度を変えながら眼前の真実を一層リアルな記録に留めようと試行を続ける。彼はやがて我に返ってファインダーから目を遠ざけ、その試みが最新テクノロジーの粋を集めたこの機器に対し、また人生の貴重な時間と金を費やし訪れたこの国に対しての冒涜であるとでも悟ったのであろうか、一瞬口元を歪めて過ぎ去って行った。

私は、左手に書類の詰まった鞄とビニル袋の中で斜めに傾いだ鳥飯弁当をぶら下げ、二本目のタバコに火を灯しながらその一部始終を眺めてていた。

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