コインランドリーで。
先に訪れていた老人が、洗濯し終わった衣類を乾燥機に放り込んでいる。仏頂面ではある。が、言うことを聴かなくなった体への苛立ちや、ついて行くことが難しくなった時勢への憤懣を露にするだけのよくいるタイプの年配者というわけでもない。来るべき時のために今の有り様を反芻するかのような眉間の皺。バタリと乾燥機を閉め、彼は一度その場を立ち去った。
長椅子に腰を下ろしてタバコに火を点け、途中まで読み進んだ池波正太郎を捲る。浅野内匠頭と吉良上野介。どちらかの過失というより、時を含めた巡り合わせであったのだ、と。
一〇分程して先の老人が戻る。前と同様仏頂面で乾燥機から衣類を取り出し、備え付けの衣類台の上で手早くたたむとまた無言で場を立ち去った。先は短い。ぐずぐずしている暇はないのだ。老体とはいえ、体の動きに切れはまだ残り、一陣の風のような印象。
気がつくと彼の持ち物らしい袋がテーブルに置き去りにされている。彼が去ったドアの方角に視線を送るが、その姿はすでに消えている。乳白色の薄いビニルに中身が透けて見える。処方薬のようだ。氏名に目を凝らすとそこには「大石力」とある。驚きを隠せずやおら開いたままの文庫に目を戻せば、まさに主税(ちから)の父、大石内蔵助の冒頭だった。